芥川龍之介
おれは日比谷公園を歩いてゐた。 …思はず足を止めた。 行く手には二人の男が、静に竹箒を動かしながら、路上に明るく散り乱れた 鈴掛の落葉を掃いてゐる。 その鳥の巣のやうな髪と云ひ、殆んど肌も蔽はない薄墨色の破れ衣と云ひ、 或は又獣にも紛がひさうな…
夏休みの読書感想文 2(暗黒編) 苦手な方はスルーでお願いします。 写実をその画風とする天才絵師、良秀。 しかし、 その卑しい容貌と傲慢な性格。更には常軌を逸した制作方法で、 皆に疎まれ蔑まれていた。 かたや、日の出の勢い、権力の頂点にいた堀川の…
Chris Morriss 坂になった路の土が、砥(と)の粉のやうに乾いてゐる。 寂しい山間の町だから、路には石塊(いしころ)も少くない。 両側には古いこけら葺(ぶ)きの家が、ひつそりと日光を浴びてゐる。 僕等ふたりの中学生は、その路をせかせか上ぼつて行つ…
金沢の方言によれば「うまさうな」と云ふのは「肥った」と云ふことである。 例へば肥つた人を見ると、あの人はうまさうな人だなどとも云ふらしい。 この方言は一寸食人種の使ふ言葉じみてゐて愉快である。 僕はこの方言を思ひ出すたびに、自然と僕の友達を食…
震災以來の東京は梅園や松村以外には「しるこ」屋らしい「しるこ」屋は跡を絶つてしまつた。その代はりにどこもカツフエだらけである。 僕等はもう廣小路の「常盤(ときわ)」にあの椀わんになみなみと盛つた「おきな」を味はふことは出來ない。これは僕等下…
また立ちかへる水無月の 歎きをたれにかたるべき。 沙羅のみづ枝に花さけば、 かなしき人の目ぞ見ゆる。 沙羅木(さらのき)は植物園にもあるべし。わが見しは或人の庭なりけり。玉の如き花のにほへるもとには太湖石(たいこせき)と呼べる石もありしを、今…
工藤隆蔵 僕はコンクリイトの建物の並んだ丸の内の裏通りを歩いてゐた。 すると何かにほひを感じた。何か、?――ではない。 野菜サラドの匂いである。 僕はあたりを見まはした。が、アスフアルトの往来には五味箱一つ見えなかつた。 それは又如何にも春の夜ら…
芥川龍之介、未完の小品。 かねてより『猿』と揶揄していた男と、結婚すると言いだした妹。 姉は本意を知るべく、当の『猿』に会いに行く。 『妹は一体あなたのどこが良くて結婚するというのかしら?』 物語は、博物館の中を姉と猿が歩き周り、姉は情報を引…
先に書いた夏目漱石が、水墨画的色彩なのに比べ、 芥川龍之介の作品は極彩色、派手派手だ。ショッキングだ。 この物語に出てくるのは、極彩色の地獄絵巻。 〈前半割愛〉 色々とあって、 「人間を辞めてしまいたい。」 と、仙人に懇願する杜子春。 「なにがあ…