ookumanekoのブログ

言葉を味わう 文学の楽しみ

『人を食った話』芥川龍之介

金沢の方言によれば「うまさうな」と云ふのは「肥った」と云ふことである。
例へば肥つた人を見ると、あの人はうまさうな人だなどとも云ふらしい。
この方言は一寸食人種の使ふ言葉じみてゐて愉快である。
 僕はこの方言を思ひ出すたびに、自然と僕の友達を食物として、見るやうになつてゐる。
  里見弴君などは皮造りの刺身にしたらば、きつと、うまいのに違ひない。
菊池君も、あの鼻などを椎茸と一緒に煮てくへば、 ぎつてゐて、うまいだらう。 谷崎潤一郎君は西洋酒で煮てくへば飛び切りに、うまいことはである。
  北原白秋君のビフテキも、やはり、うまいのに違ひない。 宇野浩二君がロオスト・ビフに適してゐることは、前にも何かの次手(ついで)に書いておいた。佐佐木茂索君はに通して、白やきにするのに適してゐる。
  室生犀星君はこれは――今僕の前に坐つてゐるから、甚だ相済まない気がするけれども――干物にして食ふより仕方がない。然し、室生君は、さだめしこの室生君自身の干物を珍重して食べることだらう。



芥川龍之介『食物として』





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写真 工藤隆蔵