ookumanekoのブログ

言葉を味わう 文学の楽しみ

寺田寅彦

寺田寅彦 初嵐

工藤隆蔵 夕方井戸水を汲んで頭を冷やして全身の汗を拭うと 藤棚の下に初嵐の起るのを感じる。 これは自分の最大の贅沢である。 工藤隆蔵 夜は中庭の籐椅子に寝て星と雲の往来を眺めていると時々流星が飛ぶ。 雲が急いだり、立止まったり、消えるかと思うと…

寺田寅彦 『牧神の午後』

街路のアスファルトの表面の温度が華氏の百度を越すような日の午後… 私はドビュシーの「牧神の午後」を思いだす。 行き交う人々が鹿のように鳥のようにまたニンフのように思われてくるのである。 あらゆる人間的なるものが、暑さのために蒸発してしまって、 …

寺田寅彦『涼味』

中学時代に友人二三人と小舟をこいで浦戸湾内を遊び回った ある日のことである。 昼食時に桂浜へ上がって、豆腐を二三丁買って来て醤油をかけて むしゃむしゃ食った。 その豆腐が、たぶん井戸にでもつけてあったのであろう、 歯にしみるほど冷たかった。 炎…

小説『夜の踊り』

寺田寅彦『難破船遊び』 ookumaneko127.hatenablog.com 続きの創作小説 次の日から、何も変わることはなかったが、朝食に異変が起きた。 David McKelbey 普段は塩味の麺麭(パン)に、珈琲が私たちの朝の食事の全てだ。 が、その朝は甘く煮詰めた林檎が皿に…

寺田寅彦『難破船遊び』

パリに滞在中下宿の人達がある夜集まって遊んでいたとき 「難破船」の遊び(ノーフラージュ)をやろうと云い出した者があった。先ずはじめに銘々の持ち物を何か一つずつ担保 gage として提供させる。それから一人「船長」がきめられる。次にテーブルを囲んだ…

夏目漱石『俳句論』

「俳句はレトリック(修辞法)の煎(せん)じ詰めたものである。」 「扇のかなめのような集注点を指摘し描写して、 それから放散する連想の世界を暗示するものである。」 (『夏目漱石先生の追憶』寺田寅彦)漱石が文豪などと呼ばれる以前、熊本高校の英語教…

『秋の歌』寺田寅彦

チャイコフスキーの「秋の歌」という小曲がある。…折にふれて、これを取り出して、独り静かにこの曲の呼び出す幻想の世界に わけ入る。 Gruenewiese86 北欧の、果てもなき平野の奥に、白樺の森がある。 歎くように垂れた木々の梢は、もう黄金色に色づいてい…