ookumanekoのブログ

言葉を味わう 文学の楽しみ

小説『曲がったスプーン 1』

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小学生の時、一大超能力ブームが巻き起こった 。
テレビで連日スプーン曲げの映像が流れ、雑誌は特集を組んだ。
休み時間に同級生たちが、あんなのは嘘だ、インチキだと騒いでいた。

ボクは目立ちたい一心で
曲がったスプーンなら、ボクもひとつ持ってる。
と、つい言ってしまった。
信じられないな。嘘でないなら、明日必ず持って来いよ、ということになった。
家に帰り、机の引き出しを開けスプーンを手に取った。
そして、ふと内緒にしなければいけないことを思い出したが、後の祭り。
次の日、スプーンを持って登校した。
同級生たちは上を下への大騒ぎ。ボクは一躍クラスの時の人となった。
しかし、それもつかの間、先生が入ってきて、騒ぎの中心のスプーンを取り上げた。
放課後、誰もいない教室。先生はボクを一人残し。
「これは君がやったのですか?」
と優しい声で聞いた。
いいえ。
「では誰ですか?」
先生の目は笑っていなかった。
ボクは急になんだかゾクッとしてきた。
逆らうのが怖く感じ、
親戚のとも兄ちゃんです。
と白状した。

とも兄ちゃんは、年に一度お正月に家族と一緒にやってきて色々な手品をしてくれる。
そして、ボクだけに特別に見せてくれたのが、スプーン曲げだ。
とも兄ちゃんは、ボクの部屋に来て戸を閉め、なるべく他の人に見られないようにして、目の前でスプーンを曲げた。
とも兄ちゃんは「誰にも言うなよ」と言った。
どうしてと聞くと、
こういうことが出来ることをよく思わない人がいて、見つかるとマズいのだそうだ。

先生は二度と学校に持ってきてはいけないと言った。

 

その日の深夜、何やら両親が騒いでいる。
目が覚めて襖に聞き耳を立てた。
漏れ聞こえるところによれば、
とも兄ちゃんがいなくなったと、親戚から電話が来たらしい。
そちらへ行っていないかという問い合わせだった。
兄ちゃんは今日学校に行くと言って家を出て、学校には行かず、
今に至るまで誰もその姿を見ていないのだと言う。
男の子だちょっと冒険心で、何処かへ行きたくなったのだろう。
そのうちケロっとして帰ってくるさ。と、みな思っていたが、
次の日になっても、その次の日になっても、とも兄ちゃんは帰ってこなかった。
「進路のことで親ともめてたから…」
お母さんが心配そうに話していた。

ボクには思い当たることがあった。あの、曲がったスプーンだ。
とも兄ちゃんに、誰にも言うなと言われていたのに、
先生に洗いざらい話してしまった。

 お兄ちゃんの特技を良く思わない連中に誘拐されてしまったのか?
それとも、危険を察して隠れたのか?
してみると、あの先生は悪者か?
学校に、先生のフリをしているとは思わなかった。
あの先生は、あの後すぐに転勤した。
先生はショッカーだったんですか?とも兄ちゃんをどこへやったんですか?
と聞くことは、とうとう出来なかった。

とも兄ちゃんから、その後一度だけ手紙が届いた。
元気で楽しく暮らしている。遠くにいる。
毎日スプーンを曲げている。
という内容だった。
ボクは机の引き出しに手紙を放り込み、そして忘れてしまった。

あれ以来、ボクの周りから、不思議なことが消えた。
世界は平凡で退屈で、輝きを失った場所になった。