ookumanekoのブログ

言葉を味わう 文学の楽しみ

小説『曲がったスプーン 2』

あれから何年も経った。


ふとテレビをつけると、ユリ・ゲラーが映っている。
(この人、まだこんなことやってんだ~)
と思いつつ、見るともなく見ていた。
ユリがいくつかの図形を示し、
「この中からひとつ選び、今から念を送ります」と言う。

「送りました」とユリが言った。
(はや)そう思った瞬間。
頭の中に、一個の図形が閃いた。
ぼくは慌てて書き留めた。
それは正しく、ユリが選んだ図形であった。
「マジかよ」
その頃のぼくは、すでに超能力など信じていなかったので、
何だか狐につままれたような気持ちで呆然としていた。
「ウソだろ」
「電気信号みたいだったな」

映画のパンチにそっくりだった。
そして、ずっと忘れていた事実を思い出した。
あの曲がったスプーンだ。
小学生の時に使っていた机に放り込んだままの、あのスプーンだ。

 

あの机はもう使っていない。
母に聞くと、もうとっくに処分したと言う。
然もありなん。中身はと聞くと、
「納戸にあるかもしれないわね。今ごろどうして?」
次の休みの日、ぼくは納戸をひっくり返していた。
ダンボール箱数個に入った、小学生の頃の私物を見つけた。

使っていない書き方帳。鉛筆や消しゴム、2と3ばかり目立つ成績表。
スプーンはどこにもない。
でもその底に、とも兄ちゃんの手紙を見つけた。
今見るとヘタな字だ。まるで魔法使いの呪文だ。
そして、小学生だった頃は気にも留めなかったことに気がついた。
切手のところに消印が押してあったのだ。


夏休み。
ぼくは消印にあった場所に向かった。
そこは、相模湾を臨む温泉地。
旅行者のメッカだ。
とりあえず温泉宿を取り、聞き込みをすることにした。
何年も経っているので、とも兄ちゃんが
既にそこにいないことのほうが自然だった。
だがなぜか会える気がした。
海沿いの散歩道を歩いていると、電柱にかかったポスターを見つけた。
そこには
『マジックショー・天才マジシャンのスプーン曲げ』
と書いてあった。

 

そこは空き地に作られたサーカスのテント。
今は歌や漫才や色々なショーが行われていた。
チケットを買って中に入ると、酔客で混んでいる。
ぼくは空いた椅子に座ってその時を待った。

漫才で始まり、歌と踊りがひと通り終わると、
ステージが真っ暗になった。
突然スポットライトが当たると、
そこにマジシャンが現れた。
次々と技を繰り出す。
トランプが指の間からすべり出し宙を舞う。
ステッキが踊る、火を吹いたかと思うと消えた。
そしてメインはスプーン曲げだ。
マジシャンは助手に持ってこさせたスプーンを
観客に触らせ、本物であることを証明すると、
次々といともカンタンに曲げ出した。
1本、2本、10本~…。
観客は大歓声。ショーは大成功のうちに幕を閉じた。

ぼくは楽屋に通された。
「久しぶり」
ドーランを落としながら、鏡の中でとも兄ちゃんが笑っている。
不思議なことに、全く歳を取っていないように見える。
あの失踪事件は何だったの?
「あれ?おれの親から聞いてない?」
聞けば、親の望み通り進学校に進んだはいいが、授業についていけず、
中退して本来の志望校を受験し直す、と言っても親は納得せず、
「それで仕方なく家出した。
親にはすぐ連絡したぜ」
見栄っ張りの伯父さん伯母さんが、黙っていたのだ。
母は知っていたらしい。

そうだったのか…、
そうだよな
なぜか落胆するものがあった。
「いつまで居んの?」
明日帰る

駅。

とも兄ちゃんがホームまで見送りに来た。

「また来いよ」

うん。
ぼくはなぜか目を逸らしながら返事をした。

気まずい空気が二人の間に流れた。

何か言わねばならないと思ったが、言葉にすることはできなかった。
叔父さん叔母さんによろしく。
これお土産」
兄ちゃんが紙袋を差し出した。

発車のベルが鳴った。
そのけたたましい音に重なって、兄ちゃんが
こう言った気がした。
「電気信号だ」
えっ?
顔を上げると、とも兄ちゃんの姿はもうなかった。

走り出した列車の中、席に座って先ほど渡された紙袋を開いて見た。
そこにはスプーンが一本入っていた。
グニャリと曲がっていた。
そして
「もう無くすなよ」
頭にとも兄ちゃんの言葉が閃いた。
電気信号のように。

 

 

 

 

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Yusuke D.

 

 

 

 

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