小説『カイコ』(注意:虫出演中)
ミイちゃんは、困っていました。
先生になんて言おう?
困りすぎて泣いてしまいそうでした。
せっかく持ち帰ったあの子を食べられてしまうなんて!
みんなのアイドルのあの子。
ミイちゃんの学年は修学旅行で、かつて養蚕業の盛んだった地域に行くことになりました。
先生は、授業でみんなに養蚕のことを教えました。
美しい絹の布地を子どもたちに見せ、これは何で出来ていますか?と聞きました。
みんな分からずにモジモジしています。
学級委員の子が「それはカイコの糸です」と手をまっすぐ上げて答えました。
みんなが響めきました。
「そうです。よく知っていましたね」
と先生が言いました。
「おばあちゃんの家で、カイコを飼っているんです」
その子が言いました。
「葉っぱをいっぱい食べるんです」
先生はその子に、みんなに見せてもらえないか、
おばあちゃんに頼んでくれるように言いました。
後日、その子が虫カゴを持って登校しました。
その虫カゴに入った白いイモムシは、みんなのアイドルになりました。
みんな休み時間には、虫カゴに集まり、虫を覗き込んでいました。
虫は子どもたちの注目を集めていることを知ってか知らずか、モリモリと葉っぱを食べ続けていました。
その様子を見ていた先生が、良いことを思いつきました。
その日から、みんなで順番にカイコを持ち帰り、一晩世話をすることになったのです。
ミイちゃんは、早くその日が来ないかと、待ち遠しくて仕方ありませんでした。
毎日あと何日あと何日と指折り数えました。
そしてとうとう、ミイちゃんの番がやって来ました。
ミイちゃんは、その日、そーっと虫カゴを持ち、いつもよりゆっくりと歩いて下校しました。
そして家に帰ると、早速お母さんに見せて説明しました。
「あのねこの子は絹に変身するんだって」
「あら、そうなの?」
お母さんは笑って聞いていました。
「だから大事にお世話しないといけないの」
ミイちゃんは、お風呂に行く時とご飯の時以外は、ずっとカイコの虫カゴを覗き込んでいました。
こんな小さな虫が、どうやってあんな綺麗な絹の布地に変身するのか?ミイちゃんには想像もできませんでした。そして、それを見逃さないようにしなければいけないと思いました。
ミイちゃんはその夜夢を見ました。
カイコの夢でした。
葉っぱをいっぱい食べて、まるまると太ったカイコが、いよいよ孵化する時が来ました。
カイコの背中がぱっくりと割れて、中からクシャクシャにしたハンカチのようなものが出てきました。
ハンカチはそろりそろりと少しづつ広がり、綺麗な光沢のある布地になりました。
ミイちゃんはカイコの虫カゴを枕元に置いて寝ました。
夜中になって、さすがに寝床に虫がいることを気味悪く思ったお母さんが、虫カゴを廊下に出しました。
次の朝、ミイちゃんは目が覚めると早速カイコの様子を見ました。
しかし、枕元に置いたはずの虫カゴがありません。
急いでふすまを開けると、そこに虫カゴがありました。
しかし、フタが開いていてカイコの姿はどこにもありません。
「ミイちゃん」
お母さんが声をかけました。
「お母さん、カイコは?どこに行ったの?」
「食べられちゃったみたい」
「だれに?」
「ネズミに」
「うわ〜ん!」
それを聞くなり、ミイちゃんはワッと泣き出してしまいました。
どんなにお母さんがなだめても泣きやみません。
お母さんは、空の虫かごを持って泣いているミイちゃんといっしょに登校し、
担任の先生に、この出来事を説明し謝りました。
その数週間後、修学旅行は滞りなく行われました。
蚕の飼育場を見学し、蚕の繭から糸を取り出す作業も、見せてもらいました。
修学旅行から帰ってきて、ミイちゃんは腹立たしい気持ちになっていました。
旅行に行く前のワクワクした気持ちとは大ちがいです。
「繭を茹でる?」
「繭から糸をはぎ取って、それで絹糸を作る?」
何と言うことでしょう!
あんなにみんなで可愛がっていたアイドルの運命は、
釜茹でと、追い剥ぎの刑なのでした。
何と言うことでしょう!
なんと残酷な!
ミイちゃんは思ったのでした。
(まだ、ネズミに喰われた方がマシかも)