ookumanekoのブログ

言葉を味わう 文学の楽しみ

小説『母親の遺伝子』

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「あんた何やってるの?ちゃんと見なさい!」

とある眼科の検査室、怒声が響いた。
検査師は

『外野がうるさい』

と思いつつ、検査を続けた。


画学生が使う固形水彩絵の具ような色とりどりの色見本。微妙な色調は規則的に美しく並べられている。一見病院の検査用具には見えない。
検査師は、その一個一個の色見本を、木の箱から取り出し、わざとバラバラにして男の子の目の前に並べた。
男の子は学校の図画の時間に見かける絵の具のセットが出てきたのかと、興味津々で見ている。
検査師は最初の色を指し示し。

「この色に一番近い色を隣に置いてみて」

男の子に言った。
男の子は一瞬躊躇して、検査師を見た。

「いいのよ、自分が近いと思う色で」

検査師は優しく言った。
男の子は迷いながらもたくさんの色の中から一色選び、隣に置いた。

「じゃあ、こんどは、その色に一番近い色を隣に置いて」

男の子は迷い、しかし何とか一色選び置いた。

「ちゃんとやりなさい!」

その時、その様子を見ていた母親が動揺し、叫んだ。

「しっかり見て」

男の子は母親に非難されたことは分かったが、検査師に促され、また一色取って置いた。
首を傾げながら最後まで色見本を並べた。
検査師が何やらシートに記入し、カルテとともに医師のもとに置いた。
母親はまだ息子を叱っている。ふざけていると思ったらしい。


親子は医師に呼ばれ、病名が告げられた。

色覚異常色盲ね」
 
「そんな人うちの家族に誰もいません!」。

母親が当惑して医師に訴えた。
まるで、一体どこからこの子はその病気を持ってきたのだろう?という感じだ。

「あなたに似たのよ」

医師が事も無げに言った。

色盲はお母さんの遺伝子。男の子にだけ症状が現れるの」

母親は絶句して男の子を見下ろした。
男の子はキョトンとしてお母さんを見上げている。

「治療は……?」
 
「治るものではないのよ。ただ、そういう症状だということを知っておいて」
 
医師は母親を諭すように言った。
そして男の子の顔をのぞき込んだ。
 
「職業を選ぶときに、なれない物があるわね。たとえばパイロット……」
 
「ぼく、それ以外の職業はたいがい大丈夫よ」
 
男の子はキョトンとして医師を見返していた。