ookumanekoのブログ

言葉を味わう 文学の楽しみ

『雪の日』永井荷風

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Masaki Tokutomi





曇つて風もないのに、寒さは富士おろしの烈しく吹きあれる日よりも猶更身にしみ、

火燵にあたつてゐながらも、下腹がしく/\痛むといふやうな日が、一日も二日もつゞくと、

きまつてその日の夕方近くから、待設けてゐた小雪が、目にもつかず音もせずに降つてくる。

すると路地のどぶ板を踏む下駄の音が小走りになつて、ふつて来たよと叫ぶ女の声が聞え、

表通を呼びあるく豆腐屋の太い声が気のせいか俄(にわか)に遠くかすかになる……。