ookumanekoのブログ

言葉を味わう 文学の楽しみ

小説『リッパな人』

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二人の中年の女が道端でばったりと遭遇した。

「あら、お久しぶり」

そう言って、主婦Aはギョッとした。
イイトコのヒト(もう一人の女)は、多少迷惑そうにしながら、控えめな挨拶をした。
その姿は、主婦Aが知っているかつての姿とはかけ離れていた。
昔の華やかさがなくなった。
やつれた。
笑わない。
イイトコのヒトは、あまり話をしたがらず、そそくさとその場を後にした。
主婦Aは思った。

「おかしいわね、あの人幸せなはず」

「ご主人はT大出のお医者様だもの」

「裕福で」

「お子さんがたくさんいて」

「良い大学に入って」

「しあわせなはず」


後日
主婦Aはあるものを見て呆然としていた。
勤め先の眼科で、前日分のカルテを整理しているときだ。

患者名には『イイトコのヒト』の名が書いてある。住所を確認したが、確かに山の手の住宅街、本人だ。
病名はドイツ語で読めない。そしてその視力を見てAは驚いた。
片目の視力がほとんどない。

事務員の女が、そのカルテを指差しながら辺りをはばかるように、声をひそめて言った。

御影石の灰皿をぶつけられたって」

「灰皿を目に?」

「……」


診察した医師は言ったそうだ。

「あなたが子どもなら、わたしたちには通報する義務があります」

「通報ってどこに?」

イイトコのヒトは心底驚き聞き返したそうだ。

「もちろん警察です」

医師の言葉に、イイトコのヒトは取り乱し。


「そんなこととは無縁です!」

「ちょっと手がすべったんです」

医師はため息をつき。

「眼底出血するほどの衝撃ですよ」

「レーザーで出血は止めましたが」

「下手すれば失明です」

「立派に暴力ですよ」

医師は腹立たしそうに言った。

「そんなワケありません!」

「夫はリッパなヒトです」

イイトコのヒトは懇願するように叫んだ。






( photo by  まっくす )