『丸之内点景』小津安二郎
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中に、無数の目高が泳いでゐる。
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丸ビルは、とても大きい愚鈍な顔をしてゐる。
殊に、夜が明けてから、朝のラツシユ・アワーになる迄の数時間の表情と来ては、早発性痴ほうよだれだ。よだれは敷石をぬらしてゐる。
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ドーナツツに穴のある様に、もつと現実的にいつて、便所の防臭剤に穴のある様に、丸ビルの内側にも、通風と採光の穴があいてゐる。
丸ビル、八階――
窓、窓、窓、窓、東向き――
一階、コーヒーを沸してゐる。
二階、女店員とコンパクト。
三階、ポマード頭。
四階、ヨーヨーをしてゐる。
五階、ヨーヨーをしてゐる。これはニウトンの戸惑ひをした表情だ。
六階、丁字形定規が動いてゐる。
七階、空室。
八階、窓硝子をふいてゐる。陸のカンカン虫。
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窓、窓、窓、窓、南向き――
一階、飯びつが乾してある。
二階、狸が狐を背負つてゐる。美容院。
三階、タイプライターをたゝいてゐる。
四階、手巾が乾してある。
五階、泣いて文書く人もある。これはうそだ。給仕が靴を磨いてゐる。
六階、盛に、お辞儀の連発だ。あれは借金の言訳をしてゐる。
七階、途端に、サイレンが鳴つた。
午砲のサイレンに変つたのは偶然ではない。これはまだしも空き腹に、応へない。
相似形的二重露出
曇天の、丸ビルは大きな水さうに似てゐる。中に、無数の目高が泳いでゐる。
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丸ビルは、とても大きい愚鈍な顔をしてゐる。
殊に、夜が明けてから、朝のラツシユ・アワーになる迄の数時間の表情と来ては、早発性痴ほうよだれだ。よだれは敷石をぬらしてゐる。
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ドーナツツに穴のある様に、もつと現実的にいつて、便所の防臭剤に穴のある様に、丸ビルの内側にも、通風と採光の穴があいてゐる。
丸ビル、八階――
窓、窓、窓、窓、東向き――
一階、コーヒーを沸してゐる。
二階、女店員とコンパクト。
三階、ポマード頭。
四階、ヨーヨーをしてゐる。
五階、ヨーヨーをしてゐる。これはニウトンの戸惑ひをした表情だ。
六階、丁字形定規が動いてゐる。
七階、空室。
八階、窓硝子をふいてゐる。陸のカンカン虫。
▽
窓、窓、窓、窓、南向き――
一階、飯びつが乾してある。
二階、狸が狐を背負つてゐる。美容院。
三階、タイプライターをたゝいてゐる。
四階、手巾が乾してある。
五階、泣いて文書く人もある。これはうそだ。給仕が靴を磨いてゐる。
六階、盛に、お辞儀の連発だ。あれは借金の言訳をしてゐる。
七階、途端に、サイレンが鳴つた。
午砲のサイレンに変つたのは偶然ではない。これはまだしも空き腹に、応へない。
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この界わいの、ビルデングのボイラーたきは大方、らんちうを、その屋上に飼つてゐる。
暖かくなつて、ボイラーの方が暇になると一方は、食ひが立つて急がしくなる。
暖かくなつて、ボイラーの方が暇になると一方は、食ひが立つて急がしくなる。
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極めて早朝、この界わいを、神田あたりの店員が、皆ユニホームを着て、皆自転車に乗つて、日比谷あたりに野球の練習に通るのを見かけたことがある。
これは僕の見た都会の情景の中での、好ましいものの一つである。
これは僕の見た都会の情景の中での、好ましいものの一つである。
cactusbeetroot
カンカン虫=船舶・煙突・ボイラーなどにへばりついて、ハンマーでたたいてさび落としをする作業員の俗称。
狸が狐を背負つてゐる=狐の襟巻きをしたご婦人。
午砲(正午を知らせる大砲)は空きっ腹にこたえた…らしい。