ookumanekoのブログ

言葉を味わう 文学の楽しみ

『ねじれた家』の家は『家』ではない?

アガサ・クリスティ本人が最高傑作と呼んだそうですが?
果たして?
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ハヤカワミステリ 田村隆一

舞台上演用の脚本を鑑みた原作なんでしょうね。
台詞が多く、冗長な感じがしました。
この人の筆力なら、もっと簡潔に物語を描けそうなものです。

それに、『ねじれた家』のねじれ具合。
大元の大富豪の生き様。
肝心のそこが、詳しく書かれていない。
イギリスの伝統的な領主、あるいは貴族、(当時の)
そういった、生まれつきの持てる人たちから比べると、
外国人のこの富豪は、裸一貫、なりふり構わず、遠慮がなく、
型破りで人ったらし。その手腕ひとつで無一文から大金持ちにのし上がった。
イギリスの伝統から見ると、ねじれている、曲がっている、ということでしょうか?

(ここからは妄想)しかし、そんな男にも唯一手に入らないものがあった。
それは、病床の妻を真摯に看病していた義姉。
彼女は気高く美しく知性と行動力を兼ね備えた、男気ある英国の貴婦人。
まさに伝統的なイギリスを体現した女性。
つまり、この姉はイギリスを擬人化した人物で、
富豪は言うまでもなく外国人、あるいは外国を表している。
そうすると、『ねじれた家』の『家』とは、英国ということになる。
ひとつ屋根の下に、組み伏せることのできない伝統と、革新と力が捻れた形で同居している。そしてその不自然な捻れが、次第に熱を帯び悲劇の発端になり得る。
クリスティは、自らの国の状況を、このように評価したんでしょうか?
最高傑作と自認する理由が、わたしにはこれ以外思いつきませんでした。

小説の発表から半世紀後、有り余るオイルマネーが最も英国らしい英国を買い漁った。


映画の方は、良い俳優(グレン・クローズ   ジリアン・アンダーソンなど)が出ていますし、
原作に忠実に再現されていて、とても良かったですよ。★★★★