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言葉を味わう 文学の楽しみ

『花月の夜』徳冨蘆花

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工藤隆蔵





戸を明くれば、十六日の月桜の梢にあり。
空色(くうしよく)淡くして碧(みどり))霞(かす)み、
白雲(はくうん)団々(だん/″\)、月に近きは銀の如く光り、
遠きは綿の如く和(やわ)らかなり。


春星(しゆんせい)影よりも微(かす)かに空を綴(つゞ)る。
微茫月色(びばうげつしよく)、花に映じて、
密なる枝は月を鎖(とざ)してほの闇く、
疎(そ)なる一枝(いつし)は月にさし出でゝほの白く、
風情(ふぜい)言ひ尽くし難たし。
薄き影と、薄き光は、落花点々たる庭に落ちて、地を歩す、
宛(さ)ながら天を歩むの感あり。
浜の方を望めば、砂洲(さしう)茫々(ばう/″\)として白し。
何処(どこ)やらに俚歌(りか)を唱(うた)ふ声あり。

       又
已(すで)にして雨はら/\と降り来ぬ。やがてまた止みぬ。
春雲(しゆんうん)月を籠(こ)めて、夜ほの白く、
桜花(あうくわ)澹(たん)として無からむとす。
蛙(かはづ)の声いと静かなり。