夏目漱石『野分』2
裕福な友人に誘われ、しぶしぶ出向いた音楽会。
きらびやかな雰囲気、華やかな人々の服装、
どちらも貧しい高柳君には馴染みのないものだ。
「三度目の拍手が、断わりもなくまた起る。
隣りの友達は人一倍けたたましい敲(たた)き方をする。
無人の境におった一人坊っちが急に、
霰(あられ)のごとき拍手のなかに包囲された一人坊っちとなる。
演奏は喝采のどよめきの静まらぬうちにまた始まる。聴衆はとっさの際にことごとく死んでしまう。高柳君はまた自由になった。何だか広い原にただ一人立って、遥かの向うから熟柿(じゅくし)のような色の暖かい太陽が、のっと上ってくる心持ちがする。
小供のうちはこんな感じがよくあった。今はなぜこう窮屈になったろう。
右を見ても左を見ても人は我を 擯斥(ひんせき)しているように見える。
たった一人の友達さえ 肝心のところで 無残の手をぱちぱち 敲く」
野分:秋から初冬にかけて吹く、主として台風による暴風のことで、「のわけ」ともいう。
夏目漱石『野分』
「近頃は喜劇の面(めん)をどこかへ遺失(おと)してしまった」
「…何だか不景気な顔をしているね。どうかしたかい」
と友人に問われて。
「また新橋の先まで探しに行って、拳突(けんつく)を喰ったんじゃないか。
つまらない」
「新橋どころか、世界中探してあるいても落ちていそうもない。
もう、やめだ」
縄などはとうの昔に切れており
夫婦岩を結ぶ大しめ縄が台風で切れる。 2014.10.6
また大きな台風がやってきますね。
ベランダのすだれを外して、
植木鉢を下に移動させて、物干し竿を仕舞って。
あとなにかしておくことを探さねば…。
風速25mって、色んなもの破壊して余りあるパワーですね。きっと。
台風の通り道にお住まいの皆さま、十分にお気をつけください。
佐藤春夫『秋刀魚の歌』
あはれ
秋風よ
情(こころ)あらば伝へてよ
――男ありて
今日の夕餉(ゆうげ)に ひとり
さんまを食(くら)ひて
思ひにふける と。
さんま、さんま
そが上に青き蜜柑(みかん)の酸(す)をしたたらせて
さんまを食ふはその男がふる里のならひなり。
そのならひをあやしみなつかしみて女は
いくたびか青き蜜柑をもぎて夕餉にむかひけむ。
…
あはれ
秋風よ
情(こころ)あらば伝へてよ
夫を失はざりし妻と
父を失はざりし幼児とに伝へてよ
――男ありて
今日の夕餉に ひとり
さんまを食ひて
涙をながす と。
さんま、さんま、
さんま苦いか塩つぱいか。
そが上に熱き涙をしたたらせて
さんまを食ふはいづこの里のならひぞや。
あはれ
げにそは問はまほしくをかし。