ookumanekoのブログ

言葉を味わう 文学の楽しみ

佐藤春夫『秋刀魚の歌』

 

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あはれ

秋風よ

情(こころ)あらば伝へてよ

――男ありて

今日の夕餉(ゆうげ)に ひとり

さんまを食(くら)ひて

思ひにふける と。

 

さんま、さんま

そが上に青き蜜柑(みかん)の酸(す)をしたたらせて

さんまを食ふはその男がふる里のならひなり。

そのならひをあやしみなつかしみて女は

いくたびか青き蜜柑をもぎて夕餉にむかひけむ。

 

 

あはれ

秋風よ

情(こころ)あらば伝へてよ

夫を失はざりし妻と

父を失はざりし幼児とに伝へてよ

――男ありて

今日の夕餉に ひとり

さんまを食ひて

涙をながす と。

 

さんま、さんま、

さんま苦いか塩つぱいか。

そが上に熱き涙をしたたらせて

さんまを食ふはいづこの里のならひぞや。

あはれ

げにそは問はまほしくをかし。