夏目漱石『野分』2
Jiuguang Wang
裕福な友人に誘われ、しぶしぶ出向いた音楽会。
きらびやかな雰囲気、華やかな人々の服装、
どちらも貧しい高柳君には馴染みのないものだ。
「三度目の拍手が、断わりもなくまた起る。
隣りの友達は人一倍けたたましい敲(たた)き方をする。
無人の境におった一人坊っちが急に、
霰(あられ)のごとき拍手のなかに包囲された一人坊っちとなる。
ゆんフリー
演奏は喝采のどよめきの静まらぬうちにまた始まる。聴衆はとっさの際にことごとく死んでしまう。高柳君はまた自由になった。何だか広い原にただ一人立って、遥かの向うから熟柿(じゅくし)のような色の暖かい太陽が、のっと上ってくる心持ちがする。
小供のうちはこんな感じがよくあった。今はなぜこう窮屈になったろう。
右を見ても左を見ても人は我を 擯斥(ひんせき)しているように見える。
たった一人の友達さえ 肝心のところで 無残の手をぱちぱち 敲く」
野分:秋から初冬にかけて吹く、主として台風による暴風のことで、「のわけ」ともいう。