ookumanekoのブログ

言葉を味わう 文学の楽しみ

『父ありき』小津安二郎

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Andrea Schaffer





四月四日

密葬 砂町火葬場に行く
父の世にあるもの一握の灰なり
本通夜


〈メモ〉
高野山の南院の庭先には今をさかりに牡丹が咲いてゐた
半ばを過ぎた紀の国の五月の山山には ところどころ色褪せた八重桜が
のこってゐて 新緑未だ来らず 夕陽まことに遥けく 藤波は紫雲の如く
西方
に漂ひ 椎の木の下かげはまことに暗い
夕暮れ近く奥の院について寂として声なきあたりに
からころと親爺の骨を納骨堂の小さい扉からころがした
これで親爺も片がついた
思へば永い親爺の一生であり
限りなくしゃぶりつくした脛でもあった

五月二十五日





小津安二郎全日記』より