夏目漱石『道草』
Kunitaka NIIDATE
夜は何時の間にやら全くの冬に変化していた。
細い燈火(ともしび)の影を凝(じっ)と見詰めていると、
灯(ひ)は動かないで風の音だけが烈(はげ)しく雨戸に当った。
ひゅうひゅうと樹木の鳴るなかに、
夫婦は静かな洋燈(あかり)を間に置いて、しばらく森(しん)と
坐っていた。
ここに出てくる洋燈とは座敷ランプのことで、本編に何度も登場する。
これが物語のアクセントになっているように思う。
というのは金の無心に来た厄介者にも、とりあえず主人公は灯りを差し出すのだ。
どうしようもない断絶を孕み、この時、夫婦の間にも灯りが置かれた。