ookumanekoのブログ

言葉を味わう 文学の楽しみ

小説『一年生』

イメージ 1
 
 


みいしゃはこの春一年生になった。
通算して、四回目の新生活スタートだ。
なんだか初々しい。なんだかワクワクする。
だけど現実は甘くなかった。

みいしゃの人生で初めて、アルバイトというものをしてみた。
友達といっしょに派遣登録をし、自分の口座も作った。ここにバイト代が入るのだ。
初めての仕事はピッキング作業。友達と待ち合わせて出掛けて行った。

親の心配をよそに、午後から十時まで働き帰ってきた。

「意外と面白かったよ」 

などと余裕をかましている。初バイトにしては上出来かと思われたが。


二日後、

「ママお財布がない」「なくした」「バイト先で」

聞けば、作業に入る前、

「貴重品は身に付けて、ここには置かないで下さい」

と言われた、まさにそこにお財布を置いていたらしい。
現金は千円札と小銭だが、健康保険証が入っていた。
数日前、派遣登録のために銀行口座を作った時、身分証がわりに持って行き、
そのまま財布に入れていたのだ。
これには母親も慌てた。
保険証をなくしたことに本人は夕方気が付き、母親に急かされて、
派遣先やらバイト先やら電話をした。その後父親にメールをしたが、
すでに会社を出たあとだった。
帰ってきた父親に母親共々散々怒られた。
そして、夜になって、母子は歩いて最寄りの交番へと向かった。
何より保険証を悪用されることが心配だ。

「盗難ですか?紛失ですか?」

警察官は開口一番こう聞いた。
盗難となると事件。実況検分が必要になる。紛失とはまるで扱いが違う。
親切にしてくれたバイト先の人に迷惑がかかる。
落とした可能性もゼロではない。財布を身から離した自分も悪い。

「とにかく保険証の悪用が心配なんです。お金はもう仕方ないです。」

警察官は二人から事情を聞き、

「では紛失届を出しましょう」

「誰かから電話がかかってきても、それはなくした保険証で、県警に紛失届を出して
あります。って言えばいいですから」

母子は届けを出し、トボトボとまた歩いて家まで帰った。


「ああ、なんたる、こんなもんだよジンセーは的なスタート」
 
「これじゃあ、悪い教科書そのままだ」

「前途多難」
 
嘆きと怒りと心配で母親は小言が止まらない。

「あんたは第一馬の耳に念仏」

「大人の忠告を甘く見ている」

「状況判断も出来ない小娘」

みいしゃは母親のほうを見ずにスマホをいじり続けている。

「こんのお……スマホ依存症があ!」


母親はここまで一息にまくしたて、言うなり倒れた。
風邪をこじらせ、三日三晩寝込んでしまった。

これにはみいしゃも驚いた。

 
『なにその、「ウ~ン、バッタリ」的な、漫画みたいな展開』
 
『頑丈が取り柄のママが……』

『いわゆる「心労」ってやつ?』
 
『もしかして、ひょっとすると、それってわたしのせい?』

 
人生初、親に悪いことをしたと感じたみいしゃなのでした。