ookumanekoのブログ

言葉を味わう 文学の楽しみ

小説『ドトールにたむろする女たち』

(気分が悪くなる表現があります)

 

田舎町の駅前にある小ぶりな商業施設。

そこに入っているドトール・コーヒー。

何故か大きな街のスタバより混み合っている。

 一体どんな客たちが何をしに、此処に集まってくるのか?

 

店の真ん中にある丸テーブル。女たちが付かず離れずの位置に座っている。

昔からの知り合いなのか?今日初めて相席になった同士なのか謎だ。

ひとりのお婆さんが、アイスコーヒーにシロップと白い液体を入れ、かき混ぜて言った。

「あたしはさ、もう何年も驚いてない」

別のお婆さんが頷いて

「歳とると驚かなくなる」

三人目のお婆さんが

「悲しいね」

そこへ四人目がバクダンを落とした。

「良子が母親の男と逃げた」

「ヒ〜〜〜!驚いた」

「良子ってあの?」

「似てないよね」

「本当の親子かね?」

「いくつさ?」

「まだ二十歳そこそこさ」

「良子の母親は愛想のない、可愛げのない女だけど」

「娘の良子は誰に似たんだか、まあキレいで」

「母親の男を盗っちゃった?」

「そう言えば前に、化粧品屋が良子が万引きしたって通報してた」

「あの母親、この子はそんなことしないって、気狂いみたいに怒って」

「でも家に連れて帰ったら折檻したらしい」

「御用聞きが言ってたよ」

「盗みねえ」

「良子の母親は離婚して、子どもたちを旦那に連れていかれたけど、良子だけは何とか取り戻したんだ」

「あたしの子どもだって」

すると、今まで話を聴いていたトミ婆さんが口を開いた。

このおトミさん、コーヒー一杯で人の相談ごとを聞いてやったりしているが、

若い時分は恐山でイタコをしていたという噂がある。

 

トミ婆さんが言うには
「そうさね、江戸時代かねえ?
あの母親は廓にいたのさ。遊女たちの世話をしていた下女だ。
掃除洗濯炊事、遊女の身の回りの世話から、遊女が産んだ、誰が父親だか分からない赤ん坊の始末までしていたんだ」
「始末って?」
「まあ始末だろうね」
「恐ろしい」
「あの女は、それまでは何の躊躇もなくその仕事をこなしていたんだよ。
ある時、
女が密かに憧れていた遊女が赤ん坊を産み落としたんだ。
いつもの様に、始末役を仰せつかった女は、一旦は始末しようとするんだが、赤ん坊のあまりの美しさに、どうしてもそれが出来ず、こっそりと自分のものにしてしまおうと思い、赤ん坊を隠したのさ。
それが良子だ」
「ひいいい!驚いた。心臓が止まるかと思った」
「あんたの心臓は大丈夫」
「あら、酷い、よくも言ったね?!」

 

「まだ続きがある」
トミ婆さんが仰々しく続けた。
「良子の母親は愛想もクソもない女だけど、何故か男を切らしたことがない。
それは廓でさんざ見ていた、遊女たちの手練手管を真似しているのさ。
だから男を引っ掛けるのは上手い。
だが、気が効くわけでもなし美人でもなし。
いつかはそういうのがバレて、男が逃げちまう。

だが、良子は違う。
まあ、あたしが言うのも何だが、ゾクっとする美しさを持っている」
「あの子の盗み癖は、その廓の話と何か関係があるの?」
「良子の盗癖は、もともと盗まれた子だからなのさ」
「盗まれた?」
「母親が、憧れていた遊女の子を盗んだんだ」
「それで盗癖が?」
「まだある。あの母親は決して良子を自分のものには出来ない」
「またどうして?」
「あの女は、もちろん自分の意思ではないが、多くの赤ん坊を手に掛けた。
だから決して、自分の子どもを持つことが許されないのさ」
「酷いね」
「なんて話だ」
「盗まれた子が、母親の男を盗んで」
「なんてことだ」

「神も仏もあったもんじゃない!」

「おトミさん、良くもまあ、そんな嘘話を!」

「ほほほ、作り話としておこうかねえ」