ookumanekoのブログ

言葉を味わう 文学の楽しみ

空は碧いという けれども私はいう事が出来る 空はキメが細かいと

f:id:ookumaneko127:20190925082237j:plain

photo Rain Drop
 
 
 
 
私は彫刻家である。
多分そのせいであろうが、私にとってこの世界は触覚である。
触覚はいちばん幼稚な感覚だと言われているが、
しかもそれだからいちばん根源的なものであると言える。
彫刻はいちばん根源的な芸術である。


人は五官というが、私には五官の境界がはっきりしない。

空は碧いという。けれども私はいう事が出来る。空はキメが細かいと。
 
秋の雲は白いという。白いには違いないが、

同時に、其はいちょうの木材を斜に削った光沢があり、

春の綿雲の、木曾の檜(ひのき)の板目とはまるで違う。

 
考えてみると、色彩が触覚なのは当りまえである。
光波の震動が網膜を刺戟するのは純粋に運動の原理によるのであろう。
 
 
 
 
 
今週のお題「わたしの課外活動」本日は秋晴れ列島だそうです。
 
 
 
 
 

 

 

 

 

ookumaneko127.hatenablog.com

 

 

 

 

 

 

 

萩原朔太郎『閑雅な食慾』

今週のお題「わたしの課外活動」
イメージ 1
工藤隆蔵




松林の中を歩いて

 

あかるい氣分の 珈琲店(かふえ)をみた

 

遠く市街を離れたところで

 

だれも訪づれてくるひとさへなく

 

松間の かくされた 追憶の 夢の中の 珈琲店である。

 

をとめは戀戀の羞をふくんで

 

あけぼののやうに爽快な別製の皿を運んでくる仕組

 

私はゆつたりとふぉーくを取つて

 

おむれつ ふらいの類を喰べた

 

空には白い雲がうかんで

 

たいそう閑雅な食慾である。




 
 
イメージ 2
Caroline
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

『饗宴』宮沢賢治

今週のお題「わたしの課外活動」

イメージ 1
ya-itt
 
 
 
 
 

ひとびと酸き胡瓜を噛み

やゝに濁れる黄の酒の

陶の小盃に往復せり

そは今日賦役に出でざりし家々より

権左エ門が集め来しなれ

まこと権左エ門の眼双に赤きは

尚褐玻璃の老眼鏡をかけたるごとく

立つて宰領するこの家のあるじ

熊氏の面はひげに充てり

榾のけむりは稲いちめんにひろがり

雨は滔々と青き穂並にうち注げり

われはさながらわれにもあらず

稲の品種をもの云へば

或いはペルシャにあるこゝちなり

この感じ多く耐へざる

背椎の労作の後に来り

しばしば数日の病を約す

 

げにかしこにはいくたび

赤き砂利をになひける

面むくみしつ弱き子の

人人の背後なる板の間に座りて

素麺をこそ食めるなる

その赤砂利を盛れる土橋は

楢また檜の暗き林を負ひて

ひとしく雨に打たれたれど

ほだのけむりははやもそこに這へるなり

 







『老いる楽しみ』リルケ

今週のお題「理想の老後」

イメージ 1
chat de Balkans
 


 


「今の世に思い出を持つ者があるだろうか。
幼いころの思い出があっても、
それは地中へ埋められてしまったようである。
思い出へ再びたどりつくためには、
たぶん年をとらなくてはならないだろう。
僕は老いることを楽しいことのように考える」




『マルテの手記』リルケ


 
“老いる”ことをあまり良いこととは考えない社会です。
しかし文学の世界には、
そのような現代的な価値観とは一線を画す考え方もあるようです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

『猫性』豊島与志雄

イメージ 1



ところで、何故に猫か。

猫は飼養動物のうちで最も人間に近い生活をしている。屋内に人間と同居し、同じ食物をたべ、同じ寝具に眠る。にも拘らず、犬のような奴隷根性がない。

用があり、気が向けば、喉をならしてすり寄ってくるが、用がなく、気が向かなければ、呼んでも返事をせず、すましてそっぽを向いている。猫は人の顔色を読むと云われているが、往々、最もよく人の顔色を無視する。そして庭の隅や、縁側の片端や、机上などに、ただじっと蹲っていることがある。人に逢いたくなく、口を利きたくなく、一人で夢想しているのだ。そうした夢想の中に、肉食獣の野性の夢がある。猫のうちには、飼いならされない何物かが残っている。

 

それを、私は自分のこととして感ずる。人に逢いたくなく、口を利きたくなく、一人でじっとしている時、沈潜している情意は、道徳的な習慣的な世間的なものであって、その底に、何かしらむくむくとうごめく野性的なものが存在する。道徳や習慣に飼いならされない何物かだ。そしてその野性的な何物かのうちに最も多く芸術の萠芽がある。

 

 

 

 

 

 

(編集あり)

 

 
 
 
 
 
 
 
 
 

散歩生活 中原中也

イメージ 1
photo amira_a





私は御酒を飲んでゐた。好い気持であつた。

 

話相手が欲しくもある一方、ゐないこそよいのでもあつた。

 

   其処(浅草のと或るカフェー)を出ると、月がよかつた。

 

電車や人や店屋の上を、雲に這入つたり出たりして、

 

涼しさうに、お月様は流れてゐた。

 

そよ風が吹いて来ると、私は胸一杯呼吸するのであつた。

 

 

 

それから銀座で、また少し飲んで、ドロンとした目付をして、

 

夜店の前を歩いて行つた。

 

四角い建物の上を月は、やつぱり人間の仲間のやうに流れてゐた。

 





 






宮沢賢治『九月の雨』

イメージ 1
 
 
 
 

 

 

 

痩せて青めるなが頬は

 

 

九月の雨に聖(きよ)くして

 

 

ひとすぢ遠きこのみちを

 

 

草穂のけぶりはてもなし

 

 

 

 

 

 

(青柳教諭を送る 宮沢賢治 一部編集あり   

 

photo ちいた)