『刺客蚊公之墓碑銘』正岡子規
K yamada
田舎の蚊々、汝(なんじ)竹藪の奥に生れて、その親も知らず、
昼は雪隠(せっちん)にひそみて伏兵となり、
夜は臥床(がしょう)をくぐりて刺客となる、
咄(と)つ汝の一身は総てこれ罪なり、
人の血を吸ふは殺生罪なり、
蚊帳の穴をくぐるは偸盗(ちゅうとう)罪なり、
耳のほとりにむらがりて、雷声をなすは妄語罪なり、
酒の香をしたふて酔ふことを知らざるは、飲酒罪なり、
汝五逆の罪を犯してなほ生を人界にぬすむは、そもそも何の心ぞ、
あくまで血にふくれて、腹のさくるは自業自得(じごうじとく)なり、
子をさして母をこまらせ親を苦しめて子をなかせたる罪の、
今忽(たちま)ち報ひ来て我手の先に斃(たお)れたり、
悟れや汝生きて桓公(かんこう)の血に罪を作らんよりは、
死して文人の手に葬らるるにしかず、
丈草(じょうそう)かつて汝が先祖を引導す、
我また汝を柩(ひつぎ)におさめて東方十万億土花の都の俳人によするものなり、
何の恨みか存ぜん喝(かつ)。