ookumanekoのブログ

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室生犀星『忘春詩集』

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halfrain





この忘春といふ美しい織物の裏地をさし覗くやうな文字のひびきからして、
しつくりと私の心からゑぐり出したもののやうに思へる。
私ばかりではなく誰人でも忘春の心があわただしく胸を衝くことがあるかも知れない。
それだのに私は私らしく人一倍にそれを言はうとする迅(はや)りかけた心をもつものである。
つまり私は私らしくをりをり自分の暮しのなかに何かを拾ひ蒐めようとして、
扨て何物をも拾ひ得なかつたかも知れない。あるひは私の拾ひ得たものは
瓦と石の砕片(かけら)で、
さうして他に貴重なものがこぼれてゐたと言つた方が適当かも知れないのである。