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言葉を味わう 文学の楽しみ

『早春独白』宮沢賢治

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Masaki Tokutomi






黒髪もぬれ荷縄もぬれて
やうやくあなたが車室に来れば
ひるの電燈は雪ぞらにつき
窓のガラスはぼんやり湯気に曇ります

   
身丈にちかい木炭(すみ)すごを
地蔵菩薩の龕(がん)かなにかのやうに負ひ
山の襞もけぶってならび
堰堤(ダム)もごうごう激してゐた
あの山岨のみぞれのみちを
あなたがひとり走ってきて
この町行きの貨物電車にすがったとき
その木炭すごの萱の根は
秋のしぐれのなかのやう
もいちど紅く燃えたのでした

   
みぞれにぬれてつつましやかにあなたが立てば
ひるの電燈は雪ぞらに燃え
ぼんやり曇る窓のこっちで
あなたは赤い捺染ネルの一きれを
エヂプト風にかつぎにします

   

わたくしの黒いしゃっぽから
つめたくあかるい雫が降り
どんよりよどんだ雪ぐもの下に
黄いろなあかりを点じながら
電車はいっさんにはしります






宮沢賢治春と修羅』第二集(編集あり)