『秋の歌』寺田寅彦
チャイコフスキーの「秋の歌」という小曲がある。…
折にふれて、これを取り出して、独り静かにこの曲の呼び出す幻想の世界に
折にふれて、これを取り出して、独り静かにこの曲の呼び出す幻想の世界に
わけ入る。
北欧の、果てもなき平野の奥に、白樺の森がある。
夜が迫って来る。…私は、ただ一人淋しく、森のはずれの切株に腰をかけて、かすかな空の微光の中に消えて行く絃の音の名残を追うている。
気がつくと、曲は終っている。そして、膝にのせた手のさきから、
Gruenewiese86
北欧の、果てもなき平野の奥に、白樺の森がある。
歎くように垂れた木々の梢は、もう黄金色に色づいている。
傾く夕日の空から、淋しい風が吹き渡ると、
傾く夕日の空から、淋しい風が吹き渡ると、
落葉が、美しい美しい涙のようにふり注ぐ。
私は、森の中を縫う、荒れ果てた小みちを、あてもなく彷徨い歩く。
…
「あかあかとつれない秋の日」が、野の果に沈んで行く。…
一度乾いていた涙が、また止め度もなく流れる。しかし、それはもう悲しみの涙ではなくて、永久に魂に喰い入る、淋しい淋しいあきらめの涙である。
私は、森の中を縫う、荒れ果てた小みちを、あてもなく彷徨い歩く。
…
「あかあかとつれない秋の日」が、野の果に沈んで行く。…
一度乾いていた涙が、また止め度もなく流れる。しかし、それはもう悲しみの涙ではなくて、永久に魂に喰い入る、淋しい淋しいあきらめの涙である。
夜が迫って来る。…私は、ただ一人淋しく、森のはずれの切株に腰をかけて、かすかな空の微光の中に消えて行く絃の音の名残を追うている。
気がつくと、曲は終っている。そして、膝にのせた手のさきから、