宮沢賢治『いちょうの実』
まるでカチカチのやきをかけた鋼です。
そして星がいっぱいです。
けれども東の空は
もうやさしいききょうの花びらのように
あやしい底光をはじめました。
その明け方の空の下、
ひるの鳥でもゆかない高いところを
するどい霜のかけらが風に流されて
サラサラサラサラ南のほうへとんでゆきました。
じつにそのかすかな音が
丘の上の一本いちょうの木に聞こえるくらい
すみきった明け方です。
いちょうの実はみんないちどに目をさましました。
そしてドキッとしたのです。
きょうこそはたしかに旅だちの日でした。
PhoTones_TAKUMA