武蔵野の時雨の人なつかしく私語ささやくがごとき趣あり
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もしそれ時雨の音に至ってはこれほど幽寂のものはない。
山家の時雨は我国でも和歌の題にまでなっているが、
広い、広い、野末から野末へと林を越え、杜(もり)を越え、田を横ぎり、また林を越えて、
しのびやかに通り過ゆく時雨の音のいかにも幽(しず)かで、また鷹揚な趣きがあって、
優しく懐ゆかしいのは、じつに武蔵野の時雨の特色であろう。
自分がかつて北海道の深林で時雨に逢ったことがある、
これはまた人跡絶無の大森林であるからその趣はさらに深いが、
その代り、
武蔵野の時雨のさらに人なつかしく、私語ささやくがごとき趣はない。
武蔵野 国木田独歩