ookumanekoのブログ

言葉を味わう 文学の楽しみ

小説『砂漠の犬』

大きな犬が飛び込んで来た。
犬はまっしぐらに疾走し、男をめがけて襲いかかった。
警官が「犬を離せ!」と銃を構え怒鳴った。




大きく賢く美しい犬がいた。
犬には、似合いの寡黙な飼い主がいた。

飼い主の男と犬は砂漠へと出掛けた。灼熱の太陽が鳴りを潜め、小動物がうごめき出す時間に。


 
 
 
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男が狩りを教えることは一切なかった。
犬は生まれながらに、完璧な狩猟本能を持ち合わせていた。
何の痕跡も認められない一面の平坦な砂地。
犬は涼しげな目を凝らし、
獲物の影を捉えると、美しい筋肉を躍動させ、一瞬のうちに加速した。
天をも駆けるスピード。
その姿は伝説の動物の姿を彷彿とさせた。
もうもうと上がる砂煙の中、簡単に獲物を仕留めた。

男は驚嘆し、満足げに飽かずその姿を眺めた。


ある年
男は戦争に行った。

一年が過ぎた。
帰還の日。
駅に出迎えた家族は失望した。
ホームに降り立った大勢の乗客の中に、男が見つからなかったからだ。
その時、
美しい犬が、どこからか飛び込んで来た。
そして人混みの中のみすぼらしい身なりの乞食めがけ、真っすぐに疾走し、飛びかかった。

「喉が食いちぎられる!」

誰かが叫んだ。
騒ぎを聞きつけた警備員がライフルを構え、犬に狙いを定めた。

だが良く見ると、
犬は乞食の顔をなめ回し、尻尾をちぎれるほど振り、喜びの声を発している。
皆が乞食と思ったボロを着た人物は、犬の飼い主だった。
体は痩せこけ、髪の毛は栄養不良で赤茶け、豊かだった口ひげは、縮れてこけた頬にはり付いている。
あまりにも容貌が変わり果てていたので、家族の誰も本人だと分からなかった。
犬だけが主人を見破った。



男と犬はまた狩りに出掛けた。何もない砂漠へ。
そして何事もなかったように、日がな一日をともに過ごした。
人が犬を選び、犬もまた人を選ぶ、一人と一頭の蜜月は永遠に続くかと思われた。


十二年が過ぎた。
人も犬も年老いた。
男はまた戦地に行かねばならなくなった。
名残惜しげに犬を撫で、出征して行った。


ある夜
犬が、突然震える声で歌うように吠え、絶命した。老衰だった。
時を同じくして家族の元に男の戦死の知らせが届いた。


男の遺品と犬は同じ墓に葬られた。
それは常日頃、男が家族に命じていたことだ。

犬を不浄とするこの国にあっては、誠に異例なことであった。



 
 
( アラブ犬サルーキからの妄想 )